うまいもの談義

  終戦直後、超満員の列車内で、乗客同士がこんな話をしていたそうです。
 「俺の馴染みの神田の鮨屋があるんだがね、そこの中トロ、あれはうまかったなあ」 
 「おれは上野広小路に好きなうなぎ屋があるんだ。店先で焼く香りを思い出すよ」
 彼らがあれこれと東京のうまいものの話を続けていると、周囲のだれかから
 「もうやめろ!」という怒声が上がったそうです。
 一瞬緊迫したのち、
 「よけい腹が減っちゃうじゃねえか」
 と続けた件の声の主の一言に、乗客がどっと笑って、またどこかから
 「いつか食べられる日が来るよ」という声が。
 どの店も空襲で焼けてしまって、もうないのはいうまでもありません。
 
 混雑で苛立った車内は一度になごんで、あちこちで「うまいもの談義」が始まったそうです。
 つらいときは希望を持つことが一番の薬。
 とりあえず、今は手に入るおいしいものでも食べませんか。
 自粛といったって、食べ物まで枯渇したんじゃないんだし。
 

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