傘を売る
今年は梅雨明けが遅かったぶん、夏は短かったようだ。とはいえ、まだ暑い日々は続いているがそれは昼間だけで、夜には冷たい空気が流れている。
9月になるとまた雨の日が少しずつ増えて、梅雨に似たシーズンになる。 出先で雨が降り始めると思い出すのが、学生時代に新宿の表通りのファンシー雑貨店でバイトをしていたときのことだ。 ポツリポツリと降り始めるのを見るや、店長が我々若い者に合図を送り、奥の物置から傘の販売台を急いで出してくる。 「傘 980円~」という小さな看板を見つけたお客さんが次から次に訪れ、短時間で面白いように売れて行く。まさに商売の醍醐味を味わえる経験だった。 先年、イタリアのローマに出かけた時のことだ。その日の観光を終えて夜の街路をホテルへ向け歩いていると不意に雨が降ってきた。 すると街路のあちこちで、どこから出てきたのか少年の傘売りが何人も現れている。 片手で傘をさして、両腕に売り物の傘をたくさん下げて「アンブレラ!」と声を上げながら売っている。どこの国でも同様な、機敏に「ビジネスチャンス」を逃さない商魂というものに感心した。 私は梅雨の時季に生まれたせいかどうかわからないが、雨の日が好きで、心なしか体調もよくなる。 雨の日を大事にしているだけに、降雨確率が少しでもあると傘を携えて出かける。ただし不意を打たれた時でも「間に合わせで」傘を買うことはしない。それは雨に対する勘が鈍ったのだと自らを戒めて濡れて帰ることにしているからだ。 ローマで仕方なく濡れながら歩いていると、滞在中観光の行き帰りに必ず同じ場所に座っているのを見かけた長髪に長い髭を生やしたホームレス風の男が傘売りの少年から傘を買っていた。しっかりカラーまで選んでいる。その前を通るとき目が合い、彼はニカッと笑顔を見せた。 海外には趣味でルンペンをやっている人がいるらしいという説は本当かもしれないと思った。
途中、雨やどりでジェラート店に寄ったがいっこうにやまず、あきらめて2キロほど歩いてホテルへ戻った。ローマの雨はどことなく温かかった。
Original 11 sep 2016
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