オフィス街にて
東京・丸の内には「丸の内シャトル」という電気自動車の巡回バスが運行されている。
東京駅前から反時計方向に、大手町ー日比谷ー有楽町と回って丸の内に戻る。
ビジネスがメインの用途のせいか積極的に宣伝されてはいないが、運行開始からもう10年ほど経ち、すっかり定着した。
私の仕事場はかつてその付近にあったので、オフィスからの外出時にはよく使ったものだ。
15分間隔でビジネス街を周回するコースではあるが、観光スポットとも重複しているので、丸ビルなどに買い物で訪れた人にも楽しい乗り物である。
しかも無料という点が最大の魅力だ。
あるとき出先からの帰途のことである。
途中から杖を携えた高齢の婦人二人連れが乗ってきて、楽しそうに話をしていた。
「このあたりは随分変わっちゃったわね」と一人の婦人が言うと
「私たちが働いていた頃とはまったく違う所みたいだわね」と別の一人の方が返す。
観光客かと思ったら、かつてこのあたりでOLをしていた方々のようだった。
彼女たちの話しぶりは、私が若かったころよく耳にした東京の上品な女性の話し方そのものだった。
今ではあまり聞かれなくなった言葉遣い。懐かしさから失礼ながら聞きいってしまった。
丸の内は確かにほとんどの建物がこの十年ほどで高層ビルに建て変わっている。
しかし、一部にはかつてのイメージを保った建て方をしたビルもある。
レンガ色のスクラッチタイルが美しい「東京工業倶楽部ビル」、地下鉄大手町駅前の交差点付近に白い時計台がそびえる「旧大和銀行ビル」・・・。かつての外観を残してその背後を高層建築とする建て方だ。
「あら? 変わらないところもあるのね」
「ほんとね」
婦人たちは急に押し黙って窓の外を眺め始めた。
バスは私の降りる停留所に近づき、降りる寸前にご婦人たちの方を何気なく見た。
そのとき一人の方が指で涙を拭っているのが見えた。
Original nov 03 2015
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