さらばスマホ



 昨日ついにスマートフォンと別れて3G携帯電話に戻した。
 実に5年ぶりの従来型携帯電話機である(ガラ○○という言い方は好きではない。あの高度なマシンを軽く見ているような気がする)。
 その理由は、だんだんに暇さえあればつい画面を触ってしまうようになっていたからだ。
 ネット上をブラウザで思いつくまま飛び回ったり、突然思い出した書類を読んだりして、知らないうちにかなりの時間が経ってしまうのだ。
 あとで振り返るとその長い時間は何をしていたのか覚えていないというありさまだ。
 これではよくない。生きていることを無駄にしてしまう。

 もうひとつの理由は、月間のコストが高すぎると感じたからである。
むしろこちらの方が重要ともいえるが・・。
 考えてもみるといい。月に1万円も払う月賦を組んだらどれほどの物が買えるかね?
 金銭を「流している」だけのようにも思えてきた。

 現在では多くの人がスマートフォンを使っており、電車の中で画面を見ていない人は稀である。いったい何を見ているのかという疑問はよく呈されるところだが、多くの場合さほど緊急性はなかろう。重要な仕事の連絡などそんなに来ることはない。来たら辛いだけだ。
 パソコンを初期から使っている身にとっては、スマートフォンほど進化を遂げたマシンがこれほど早く手に入るとは思ってみなかった。
 完成度が高いということは、マシンを操っているという意識さえ消し去るために、それだけ普及の度合が深くて速い。
 そしてスマートフォンの大群が形作るマーケットは完成し、すべてがこの中で行われつつある。
 確かに便利なものではある。でも無意識に取り込まれていることに気づかなければいけない。

 せめてだれかと一緒にいるときは、お互いの目を見て前にいる人と話そうではないか。

Original 01 mar 2016

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