咳のエチケット
街中で気になることがある。
それは、あちこちから聞こえてくる強く咳をするような大きな声だ。 電車の中で、街頭で、建物の中で。 ほら頻繁に聞こえてきませんか。「ゲホーッ」という喉から力を入れて絞り出すような大きな声(音)が。 そうする人を見ていると、マスクをしているわけでもなく、口に手を添えてすらいない。 そうする人々は、それが不作法かつ不潔であることを知らないのだろうと私は思っている。 まあ、正面から吐きかけられたのでなければ、ことさら注意などして争いになってもつまらない。なにしろ相手は何とも思っていないのだろうから、注意しても通じないだろう。 私は時折海外を旅するが、ヨーロッパでは滅多にこの手の咳込みを聞いたことがない。たまに聞こえると日本人のようである。 西洋人とても喉にホコリなどが引っかかり、つい出てしまうこともあるだろう。 ある時、パリの空港で中年の西洋婦人が私の背後で大きな咳をした。振り返ると、婦人は何か恐ろしい失敗をしでかしたような、おののいた表情で周囲のだれともにもなく謝り続けていた。 歴史上何度も疫病の大被害に遭ったヨーロッパではことさら気を使う習慣が根付いたようだ。美術館の古い絵の中にも口から悪魔が飛び出しているところを描いたものを目にすることがある。あれは疫病が咳から感染することを教えるものなのだろう。 他人が不作法な咳をして、何とも注意しもされもしないので当人はよくないこととも気づかない。出るものは仕方ないところもあるが、多分に意図的に大きな声で咳をしているように聞こえることが多い。それを無意識に聞いたものが無意識にまねて・・・さらに蔓延していくのだ。 先日、電車の中で座席に座っていた中年の男性が、手も添えずに上下左右に向かって強くわざとらしい咳を連発していた。 それを見た私はその付近を離れたが、不思議なことにその周囲の人々は顔を背けるでも逃げるでもなく平然としていたのに軽い衝撃を受けてしまった。 本来礼儀や作法に敏感なはずの日本人が、このところ「咳エチケット」に無頓着になっている理由は何だろう。 他人に対する配慮を失う要因は、経済的にも精神的にも共通した余裕の欠如だ。たぶんこの十数年、不況が常態的になってからこの傾向が強まったのではないか。 些末なことのようだが、文字通り社会の「空気が悪くなる」ことだと私は日々思っている。 時々しか外に出ないのでよけいにそう思う。
Original 12 apr 2016
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